こんにちは
先週末、ガイオコーノの活動のグループメール内で嬉しいニュースがシェアされました
"Cayuga Streetの標識のところにGayogohó:nǫˀ が追加されたよ!!"
せっかくなので
ちょっと遠回りしながら書かせてください。
↓ガイオコーノは私が住むイサカを含め、Cayuga lake (カユーガ、キューガ) にもともと住んでいた人たちのことです。彼らはホディンソーニ (Six Nations) のうちの一つで、サリバンキャンペーンにより土地、言葉、文化を奪われカナダに追われました。
Cayugaはガイオコーノの言葉でGayoga (ガィヨーガ) からきています
これは湿地や湿ってぬかるんでいて柔らかい土地
という意味です。
昔調査をしていたヨーロッパ人が
ここはどこですかと先住民に尋ねた時にそのように答えられ、
聞き間違い・・・ではないですが、カユーガと聞こえたことから
英語表記はCayugaになりました。
因みに場所を表す言葉に ho;no' (ホーノ) をつけると
〇〇 (土地) に住む人、出身の人 という意味になります
ガイオコーノはgayoga + ho:no'からきて、湿地に住む人 ということです。
英語ではCayuga nationと言いますが
正しくはGayogohó:nǫˀ なのです。
(日本人をジャパニーズといわれるようなかんじか?)
さて
現在も多くのガイオコーノの方はカナダのレザベーションにいます。
ガイオコーノ語を第一言語として話すのは地球上に9人です。そのうち8人はカナダにいます。みなさんもう高齢だそうです。
アメリカにいるのはたった1人です。
イサカに住んでいます。
追放から250年余り。
やっと一人、言葉を話せる人が帰ってきました。
ガイオコーノの言葉や歌は土地に非常に強くむずびついています
レザベーションに住んでいた時には何も意味が分からなかったけど
Cayuga湖を南下してきてイサカに入ってくるとき
歌の意味が一気に分かった
とてもうれしかったと同時に
申し訳なくなった
私は恵まれている、ラッキーだ
でも他の高齢のガイオコーノのみんなはまだこの土地を見れていない
申し訳ない
何度もそのような話をしてくれます。
涙を食いしばって話す姿に何度も泣きそうになりました。
今年の夏
イサカでガイオコーノの種が育ちました
追放され、西へ、ナイアガラからカナダへ向かう際
もう自分は年だからそんなに歩けないと
移動を諦めたおばあさんが種を託しました(農耕・食べ物は平和をもたらす最も重要な文化)
先祖代々ずっと大切にしていた種を
イサカに持って帰り、育てました
ガイオコーノの土地はないけれど
ガイオコーノの人たちはまだまだ本当に帰れていないけれど
種がこの土地に戻ったことは本当に大きな意味がある
と。
↓これはその前の年に育ったもの
ガイオコーノの言葉の勉強のほかに
グループで最初から話していたことの一つに、町におけるガイオコーノ語表記の設置がありました。私は主にはかかわっていませんでしたが、何人かが市などに話したりしました。また、実はこれは私たちオリジナルの考えではなく、イサカでは数年前から、道路表記にガイオコーノ語を併記する運動があったそうです。
そしてついに、まだイサカ市内では一か所のようですが、
一つ、前進しました。
Land Acknowledgementと同じく
feeling goodなジェスチャーかもしれない
でも、多くの人の目に留まってほしい
イサカにはガイオコーノが住んでたんだよ
今もガイオコーノはいるんだよ、イサカに帰ってきてるんだよ
過去じゃなくて現在形で
悲しい歴史だけじゃなくて豊かな文化がたくさんある
そういう意味で
道路表記は大きな一歩だと思います。
時間はかかるかもしれないけど
(このたった一つのサインを掲げるのに何年かかったんだ)
やっぱりアメリカはちゃんと前向きに変われる国なんだ
と
ちょっと心強くなりました。
イサカにもし来られた際は
是非見てみてくださいね。
今日もここまでお付き合いいただきありがとうございました。
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