Rue de Condé

都会から田舎へ -NY Finger Lakesでの生活-

TED talks: ジャパニーズアメリカン -強制収容の歴史-

こんにちは

今回は日系アメリカ人の強制収容とそこから立ち上がり低所得家庭やマイノリティのために教育機会を得られるよう戦い続けたAki KuroseさんについてのTEDです。

 

【動画・背景】

今回のTED talksを作ったのはシアトルにある「伝承」という日系アメリカ人の歴史などを伝えていくことを目的とした団体。

nikkeijin.densho.org

 

Akiは日本人移民両親のもとに生まれたアメリカ市民系を持つNiseiです。1941年12月7日、日本はハワイの真珠湾を攻撃し、それまで自分をアメリカ人として見ていたAkiに「Japaneseness」を意識させることになります。また、日系アメリカ人は所有物、人権さえも剥奪され、終戦までの間強制収容されます。

www.ted.com

関連表現・単語

  • taitor: 裏切者、売国奴
  • confiscate: (私有物などを) 没収する、押収する
  • detain
  • measures
  • proclamation
  • makeshift: その場しのぎの、仮の
  • stables: 厩舎
  • barracks: 一時収容施設、兵舎
  • ensuing months
  • incarceration/incarceree: 監禁する、収獄する
  • rebell: 反抗する、抵抗する
  • atone (for): 償う

 

↓日本語ページはないんですね

en.wikipedia.org


"You people bombed Pearl Harbor." (Akiko Kurose)

 

【日系アメリカ人】

夫のルーツ

実は (?) 私の夫は日系の4世に当たります。

夫の祖父母 (二世) はそれぞれカリフォルニア、ハワイで産まれたアメリカ人で、祖父は少し日本語が話せたようですが祖母は話せなかったようです。

(二人とももう亡くなってしまいました。おばあちゃんは私が今の夫と付き合い始めて割とすぐに亡くなってしまったので、会えなかったのが残念。おじいちゃんは少し日本語が分かったようなので会ってみたかった)

 

祖父母は強制収容を経験しています。ですので夫や夫の日本側の家族は色々な話を知っています。

 

アメリカやカナダに住む日系人にとってこれらの歴史は絶対に忘れられないもので

日本に住む日本人よりも良く知っています

 

恥ずかしい話ですが私は今の夫と付き合う前はほとんど知りませんでした。

 

収容が説かれた戦後も、これらのことについて公に話すことは憚られたようで、当時のリアルな個人の記憶・記録の多くは遺っていないか家族内で保持されています。

 

NO NO BOY

去年夫が読んで、「すごく読んでいてつらくなったけれど、日本人である君も絶対読むべき」と強くおすすめてされた本があります。読みたいと思いつつ実際まだ読んでいないんですが、このタイミングで読んでみようかな。

 

↓英語 (アメリカ・日本Amazon)

 

第二次世界大戦中の1943年、日系人の強制収容所で行われた調査の中に「米国に忠誠を誓い、日本への忠誠を放棄するか」「米軍に従軍する意思があるか」という2つの質問が含まれており、日系人は YES / NO の選択を迫られた。答えが「YES YES」であれば軍役適格者は米軍兵士として収容所から戦場へ送られた。一方、「NO NO」と答えた者は敵性外国人扱いを受け、収容所に留められた。運命の分かれ道になるこの2つの質問は日系人社会で大議論を引き起こしたが、本書の題名はここから来ている。

 

この小説の主人公である日系二世のイチロー・ヤマダ (著者がモデルではない) は2つの質問に「NO NO」と答え2年間投獄された。これに対して、主人公の親友であるケンジは志願して従軍の道を選ぶが、戦場で片足を失い、それが原因でやがて死んでしまう。イチローは刑務所を出ると郷里のシアトルに戻るが、戦争、そしてアメリカと日本という2つの国へのそれぞれの想いによって、友人や家族が引き裂かれていく現実に直面し苦悩する。

↓日本語版 

 
確か同じくこの著者のジョン・オカダさんだったと記憶していますが、収容前後の記録がもう一つあったんですが、アメリカ人・日本人双方からの批判・批難などを恐れた奥さんが他の作品 (記録) の原稿を焼いてしまったということも夫は話していました。
 
 
 
アメリカやブラジルには19世紀後半から20世紀前半に「生きるため」に日本を離れ、異国に移住した日本人の子孫 (現在多くは3,4世代) が多くいます。
 
二世以降はアメリカ国籍のアメリカ人のアイデンティティが強まり、それゆえにWWIIでは本当につらい思いをしつつも、アメリカのために、祖国のために前を向いて歯を食いしばって歩んできた人たち。
 
そんな祖先を想うと、先日紹介したDEM議員の涙ながらの言葉は本当に胸に突き刺さります。

 

tikitikis.hatenablog.com

 

近年で著名な日系アメリカ人と言えば記憶に新しいのはダニエル・イノウエさん。数年前にはハワイ国際空港の名前にも入りましたね。

ja.wikipedia.org

  

 

 

いかがでしたでしょうか

中学や高校の歴史のとき、いつも戦後は時間が足りなくなって駆け足だった記憶があります (私の学校だけ?)。

 

日本は歴史が長いので何とも言えませんし、どの時代が一番大事とかは言えないですが、戦争で日本がしたこと、されたことのほかにも、日本人のとしてこういう歴史はもっと知りたかった (もしかしたら習っていたかもしれないけれど記憶にないです・・・) 気もします。これが大人になってからの学習か。

 

結局歴史、政治、経済、様々なことは自分で積極的に学ぶしかないですが、日本は日本のなかの日本にとらわれすぎているような気がする。もちろん日本の中でのことは大事なんですけど。

 

今の高校の歴史の授業とかってどんなかんじなんだろう。気になります。

 

 

今日もここまで読んでいただいてありがとうございました。

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